使の姉は愛を貫く その4


第五章 セラフィム・クエスト

 ――その日は、朝からエンジェリウム全体がざわめきと緊張感に包まれていた。
 まぁ、緊張でピリピリしているのはいつものコトとしても、それでも今日ばかりは一種異様な雰囲気が漂っているのは間違いない。
 なぜなら……。
「あはは、今年もついにこの時期が来たねー?」
 今朝のホームルームでも軽く言及されたけど、その後の本日最初の教室移動の際、いたる所に貼り付けられたセラフィム・クエストの告知を見て、リンネちゃんが気負いのない様子で無邪気に笑う。
「うーん……自分的には遂にというよりはもう、って感じだけど」
 私が中途で入学してきてから半年近くが経ち、いよいよ今年度の修了も僅かとなった頃に最後の締めくくりにして最大のイベントの詳細が告知されたのだから、空気も変わろうというものである。
「途中からの入学になったけど、もちろん優奈ちゃんも出るんでしょー?」
「うんまぁ一応腕試しに、ね……」
 というか、こいつの参加に間に合わせる為に駆け足で詰め込まれてきたみたいだし。
(セラフィム・クエストかぁ……)
 エンジェリウムの卒業試験にして天使軍への登用考査でもあるセラフィム・クエストは、候補生同士が仮想空間でガチ勝負をして強さを競い合うトーナメント方式のバトルイベントで、ここで残した結果に応じて下級第三位(エンジェル)からミカエル様たちと並ぶ熾天使(セラフィム)まで上限なしのオファーが受けられるという、天使候補生にとっては一生の懸かった大一番。
 ちなみに一応は任意参加ながら、ここに在学可能な期間は無期限ではないため、余程の理由が無い限りは全員が参戦するはずである。
「もちろん、わたしも参加です!目指すは上級天使のオファーです!」
 それから、私の参戦確認の後で、背後の方からジョゼッタさんも手を挙げて主張してくる。
「おおー、志が高いねー?」
「……というか、当たり前に話に加わってきてるなぁ……」
「何か問題が?」
「いーえ、別に……」
 私もお友達が増えるのはやぶさかじゃないんだけど、ただミカエル様への幻想と名誉を守る為には、あまりこの人とはお近づきになり過ぎない方がいいかもしれない様な……。
「まぁまぁ、どうせ参加するなら三人集めなきゃならないんだし、ちょうどいいよー」
「……三人?」
 しかし、そこからリンネちゃんより寝耳に水のフォローが入り、目をぱちくりとさせる私。
「あ、知らなかった?セラフィム・クエストの予選って、バトルロワイアルとチーム戦だからー」
「一応、メンバーが集まらなくても勝手に編成してもらえるとはいえ、誰でもいいってわけにはいきませんからね。有象無象の集まる予選での野良チームは不安定すぎますから」
「チーム戦だけじゃなくて、バトロワまで……やっぱそれだけの参戦人数になるってこと?」
「まぁねー、今年も十万くらいはエントリーするんじゃないかなぁ?」
「ですね。そのくらいの想定は必要です」
「は……?いや十万って、ここには一万人もいない様な……」
 確かにここの敷地はかなり広いし、生徒が振り分けられたクラスも百は下らないはずだけど、到底計算が合わない様な……。
「……えっとまさか、優奈ちゃんはエンジェリウムってここだけだと思ってた?」
 すると、当たり前の疑問を持った私に、二人は何故か呆れたような視線を向けてくる。
「ん?違うの……?」
「当たり前です!わたし達が通っているココは最初に出来た本校ですけど、エンジェリウム自体は天界のあちらこちらに分校がありますので」
 なるほど、グループ全部を足したら十万人超えってコトですか。
「だから、セラフィム・クエストが仮想方式なのも、あれって他の分校と繋がってて離れた相手とも戦えるんで、一箇所に集めなくていいからなんだよー」
「……というか、春先や秋には他の分校との交流戦もやっているんですけど、そういえば中途入学でしたっけ?」
「んー、やっぱ途中からだと色々ぼろが出てくるなぁ……」
 そもそも、こちらへ来てから何だかんだで学習漬けになっていて、天界の地理もミカエル様のうちから学舎までの間くらいしか知らないし。
「まぁ、分からないことがあれば去年に参加したわたしがアドバイスできますから」
「……あはは、よろしくお願いしますねー、先輩?」
 とまぁ、その一年上の先輩、しかも前回に採用水準まで勝ち残った人がクラスメートなのも何だか不思議な話だけど、このエンジェリウムは一年で必要な知識やスキルをひと通り全て習得できるカリキュラムになっているので学年という概念は無く、二年目以降の生徒は留年組というコトになるらしい。
 ただ、それでも平均の在籍期間は三年みたいで、最初の一年で本当に全てを修了させてセラフィム・クエストの結果にも納得して卒業する候補生は稀だし、またジョゼッタさんみたくオファーを受けられても階級が不満だからと敢えて留年して再チャレンジする人も少なくないんだそう。
「任せてください!そのかわり、いつかはミカエル様にわたしを紹介してくれるという方向で」
「ええと、成功報酬でよければ考えときます……たぶん」
 ……さて、確か天使はウソをついちゃいけないらしいから、どうやって理論武装しようか。

                    *

「……では、この三人でチームを組むと決まった以上、今日からしっかりと特訓しましょう!」
「えええ、やっぱりそういうのする気だったんだ……?」
「あはは、燃えてるねー?」
 やがて、何やら落ち着かない空気のまま一日が過ぎたエンジェリウムでの放課後、夕焼けの色に染まりかけた西日を背景にジョゼッタさんから意気揚々に居残り特訓を促され、思わず顔を見合わせる私とリンネちゃん。
 もちろん、練習しないつもりは無いとして、一応は普段から一緒にお稽古してきている三人だし、そんなにガツガツとしなくても。
「何を甘いこと言ってるんですか。告知が出た瞬間から、既にセラフィム・クエストは始まってるんです!……ってコトで、早速訓練施設へ向かいますよ?」
「はー、私的には今日はチーム結成記念に、どっか寄り道して甘いものでも食べながらまず親睦をってつもりだったんだけど……」
 まだ暑苦しいとまではいかないけれど、なかなかジョゼッタさんも熱血な人である。
「うーん、あたしに言わせればどっちもどっちかなー?」
「とにかく、急ぎましょう!わたしの経験で言えば、こんな所で暢気にお話している時間など無いはずですから」
「はいはい、分かりましたよ……」
 確かに大会の重要性を考えれば、早めの準備はし過ぎるというコトはないんだろうけど。

「……そういえばジョゼッタちゃん、あたし達と組むのはいいんだけど、前回のメンバーさんのコトはよかったの?」
「こぉら、そーいうのは無神経に訊ねちゃダメでしょ、リンネちゃん?」
 ともあれ、それからジョゼッタさんに引っ張られるように廊下を移動する途中で、リンネちゃんが禁句かもしれない話題を切り出したのを聞いて、頭を軽く叩きながら諭す私。
 そもそも、クラスでの様子を見ている限りだと普段から友達も少なそうなのに。
「ちがいます!去年はちゃんと組むべきメンバーがいて全員が中級第三位(パワー)のオファーを受けられましたけど、わたし以外はそれで満足して卒業してしまったんです!」
「ほー、つまりジョゼッタちゃんだけが欲張ったと」
「さて、それが吉と出るか凶と出るのか……」
 当たり前だけど、前年の成績は一切加味されないみたいだし。
「もう、他人ごとみたいに言わないでください……!」
「あはは、ちゃんと頑張るから大丈夫だよー?」
 ……と、それなりに和気藹々としたやり取りを続けながら目的地まで移動していったものの。

                    *

「うわぁ、これは予想以上、かな……?」
 やがて、途中でジョゼッタさんがやや駆け足になるのに合わせつつ、仮想戦闘訓練施設へ到着するや、いきなり途方にくれてしまう私達。
 元々、ここの施設は昼休みや放課後は自由に解放されているのもあり、普段でも誰かしらが利用しているけれど、今日に関しては授業で来る時よりも遥かに多い生徒が殺到していて、ピリピリと張り詰めた空気が漂う中で長い列が出来ていた。
「やっぱり、遅かったじゃないですか……まったく」
「……あはは、でもこれはどうしようもないねー?」
 一応、不当な占拠行為は出禁との張り紙もあるし、並んでいればいつかは順番が回ってくるだろうが、どのみち満足のいく特訓は難しそうである。
「まぁ、去年の経験で言えば公示日が特に殺到するので、これが毎日ではないはずですけど」
「んー、やっぱみんな初日にまずはお手合わせしてみて、その後で作戦タイムって流れ?」
「ええまぁ……とはいえ、確かにわたし達は普段から手の内を知っている間柄ではありますが」
「じゃ、やっぱり今日は大人しくカフェで決起集会の方にしとく?」
 ついでに軽く作戦会議してもいいけど、とにかく何やら今日は熱気に当てられて無性に喉も渇いていることだし。
「……いえ、実はもう一つアテがありまして。実はエンジェリウムの仮想戦闘システムは熾天使様が監修に関わっておられて、各々が個人用のモノをお持ちだという話を耳にしたことがあるんですが」
 ともあれ、こうなったらすっぱり諦めようと水を向けてみる私へ、ジョゼッタさんは思わせぶりな視線を向けつつそんな話を切り出してくる。
「うん、確かに熾天使様の自宅にある小型のを使わせてもらったコトはあるけど……」
 ただ、やっぱり実戦稽古は同期相手の方がいいからと、結局は一度限りになってしまっていたりして。
「ほほう。ではここは一つ、優奈さんがお願いしてみるというのはいかがでしょう?」
「あはは、ちょっとズルい感じだけど、上手いこと持っていったねー?」
「うーん……あんまり気は進まないけど、まぁ仕方が無いか……」
 私と違って、ジョゼッタさんの滾る闘志はお茶なんかじゃ解消できないだろうし。
「っっ、ぜひっ、お願いできますか……?!」

                    *

「……で、俺んちを訪ねて来た、と」
「ええ、以前にウリエル様の御宅で使わせて頂いたのを思い出したもので」
 やがて、ジョゼッタさんの提案に乗ってセラフィム・タワーまで移動した私達が今の自宅であるミカエル様のうちの向かいの呼び鈴を鳴らすと、既に帰宅していたウリエル様が出てきて面倒くさそうな表情で応じてきた。
「なるほどな……だが、セラフィム・クエストが絡んでくれば、立場上そういう贔屓的なのは良くねぇ気もするんだが……」
「でもまぁ、何を今さらって感じですし……」
「んだな。お前が天使になるまでのサポートは惜しむなというハナシになってるし、まぁ内密に頼むぜ?」
「心得ましたー。感謝感激です」
「あはは、お邪魔しますねー」
 それからすんなりと話もついた後で、私とリンネちゃんは軽く頭を下げてお礼を述べつつ、中へ迎え入れてもらうものの……。
「…………」
 ここへ来るまでは何やら目を輝かせていたジョゼッタさんは、無言のまま呆然と憮然の混じった表情を浮かべていたりして。
「……んで、後ろの嬢ちゃんはどうした?死んだ魚みたいな目だが」
「あはは、きっと熾天使様に直接お目にかかるのは初めてだから緊張してるんですよ?……ほら、ジョゼッタさんも早く」
 そこで、ウリエル様が心配そうに訊ねてきたのを受けて、苦笑い混じりにお茶を濁す私。
「…………」
 おそらく、災いが転じて念願叶ってしまったと勘違いしていたんだろうけれど。
「あはは、あえて最初に詳しく言わない優奈ちゃんって悪女ー」
「いやいやいや……」
 確かにちょっと面白がったのは事実だけど、腹黒イメージだけは引っ張らないで欲しい。

「……んで、三人で訓練って具体的にどうすんだ?」
「えっと……どうすんだと言われても……」
 ともあれ、ノーアポだったので少々とっ散らかっているがと前置きされた(それでもミカエル様の寝室よりは遥かに片付いているけど)個人所有のトレーニングルームへ通してもらい、とりあえず安置用の椅子をセッティングして頂いた後で改めて水を向けられ、まだ引きずって殆ど喋らないジョゼッタさんは放置して、どうしたものかとリンネちゃんの方を向く私。
「とりあえず、チーム戦の練習しなきゃだよねー?」
 まぁ、出来るだけ早く息を合わせておかないと、せっかく戦術を立てても意味が無いだろうし。
「だったら、お前らが敵味方に分かれてやっても意味ねぇんだろうが、生憎うちのコイツはスタンドアローンでな。エンジェリウムのサーバーとは繋がっちゃいねーんだよ」
 すると、頷いた私にウリエル様はアテが外れたなと肩を竦めてきた。
「ありゃ、そんなトコに落とし穴が……」
 全ての分校とネットワークで繋がっているエンジェリウムの施設なら、とりあえずチームを組んでエントリーすれば、後は同じく対戦相手を探している他のチームを全校から検索してマッチングして貰える仕組みらしいけれど、どうやらここはローカルのみらしかった。
「んじゃ、やっぱり模擬線やりたいなら順番待ちしかないみたいだねー?」
「……はー、まさかの無駄足ですか」
「いやいや、ジョゼッタさんそんな露骨に……」
 というか、初対面の熾天使様を前になかなかいい根性してるなぁ、この人も……。
「要は、お前らがチームでヤリ合う相手が必要なんだろ?だったら、用意してやれなくもないが」
 しかし、そんな無礼な練習生達へ、ウリエル様はニヤリとした目で代替案を示してきた。
「へ……?」

                    *

「……ってコトで、今日のところはこの俺が相手してやるよ」
 それから、促されるまま全員が天界上空の仮想戦場へ入ると、固まって陣取るこちらより離れた位置で十二枚の翼を広げて対峙するウリエル様が、両手をポキポキと鳴らせながら私達に告げてくる。
「おお、目論見は狂いましたが熾天使(セラフィム)様に直接鍛えていただけるなんて……!」
「……いやいや、ウリエル様が相手じゃ私達なんて指先一つで消し飛ばされますって」
 そこで、ようやく機嫌が直った様子のジョゼッタさんが興奮するも、即答で経験に即したツッコミを入れる私。
「慌てんな、別に俺が直接戦うわけじゃねーよ。……今回はコイツで遊んでやる」
 すると、そんな私にウリエル様は苦笑いを見せるや、それぞれ三十センチ程度のサイズで赤・青・黄色に発光するミニ天使を自分の前へ召喚してきた。
「ん、あれって……」
 なんか見覚えがあるような、エルと比べるとサイズがやや大きいようなって感じだけど……。
「エンジェルビットだねー。簡単に言っちゃえば、遠隔操作できる魂の欠片だよ」
「わたしも知ってはいますけど、見るのは初めてです!」
「いや、別に張り合わなくても……えっとつまり、ウリエル様の魂の欠片ってことは……」
「察しの通り、こいつは俺の神霊力の一部を吹き込んだ人形だ。とりあえず、コイツらの戦闘力は下級第一位(プリンシパリティ)に合わせといたから、相手としちゃ丁度いいだろ?」
「ですね!その程度ならわたしには問題ありません!」
「いや、だからどうして張り合う……」
 ……まぁ、そういう負けず嫌いっぷりは、ちょっと愛奈ちゃんを思い出して嫌いじゃないけど。
「んじゃま、精々鍛錬を積みな?俺もこいつらを使役するいい練習になろうってモンだ」
 ともあれ、ウリエル様は短く告げると、早速三体のプチ天使をこちらへ同時にけしかけてきた。
「……えっと、それでチーム戦の訓練って、具体的にはどうするの?」
 そこで、各々が一つの大きな面を描くように取り囲もうとしてくる相手の対処に迷った私は、とりあえず天使銃を手に身構えつつ尋ねるものの……。
「まずは、何があっても陣形を乱さない様に努める意識付けからです」
「陣形を……?ひゃあっ?!」
 しかし、詳しく聞き終える前に三体のミニ天使からライフル型の天使銃で一斉に先制攻撃を受け、慌ててその場から離れてしまう私。
「ぶっちゃけ、チームバトルは先に頭数を減らされた方が負けというゲームでして」
「ち、ちょっ、私の方ばっかりぃ……っっ」
 途中まで三体がそれぞれ個別で違う相手に向かって来ていたので油断していたものの、完全に不意打ちを食らってしまった形だった。
「一応、優奈さんもわたしと互角に戦えていたので、おそらく単体同士ならそのコ達に負けることはないでしょうが……」
「く……っっ」
 というか、なに二人とも高みの見物してるんだか……っっ。
「個々での実力差が多少なりともあろうが、一体多数で取り囲まれてしまえばあっという間に畳み掛けられてやられてしまうワケです」
「ちょっと、解説はいいから早く助け……きゃあっ?!」
 しかし、文句を言い終える前にやがて背中へ一撃を受けると、そのまま集中砲火を浴びて視界が暗転していった。
「……なので、まず基本のキは囲まれて個別撃破されないよう、常に背後を取られない陣形(フォーメーション)をキープするというコトになりますけど、分かりましたか?」
「よく、分かりました……」
 そして、意識が戻った後でこちらの背中へ手を当てつつ諭してくるジョゼッタさんに対して、項垂れながら頷く私。
 ちなみに、普段の対戦だと相手が倒れている間に背中へ手を当てれば翼を吸収出来るけど、チーム戦で味方に同じ事をすれば救助になるらしい。
「特に三人チームの場合は、足手まといが一人いたら結構どうしようもなくなるんで、しっかり練習を積んで準備しておく必要があるわけです」
「あはは、崩れる時はホント脆いからねー?」
「はぁい……」
 ……確かに、今ならジョゼッタさんの甘いですよって言葉の意味が、あの時の自分を黒歴史にしてしまいたくなるくらいに分かる。けど……。
「では、それらを踏まえて本日はチーム防衛を軸にした特訓をやりましょうか」
「そうだねー。んじゃ、仕切り直しでお願いしまーす!」
「お、おうよ……!」
(なんだか、熾天使様相手に仕切ってるし……)
 ……私の仲間、もしかしたら二人揃って大物なんだろうか。

                    *

「……ま、今日はこんなとこか。あんま長時間の戦闘は消耗が激しくて危険だからな」
 やがて、こちらの陣形を崩して個別撃破しようとしてくるエンジェルビットの攻撃に耐えつつ隙あらばカウンターを狙うパターンの反復練習を繰り返してゆくうち、イイ感じで連携が決まって相手を全滅させられたところで、ウリエル様の方から切り上げを告げてきた。
「はー、ありがとうございまーす……」
 開始からどれだけ時間経過したのかは知らないとして、あれから殆ど無意識に固まって戦える様になった一体感は覚えてきているし、確かに普通に立つのもつらくなってきた疲労困憊の一歩手前の今が丁度いい止め時かもしれない。
「あはは、今日はいい汗かいたね?みんなお疲れー」
「いえいえ、わたしはなんのこれしき……!」
「もー、ホントに意地っ張りなんだから……」
 ただ、さすがにやせ我慢なのは隠せていないものの、むしろ一番平気そうなのがリンネちゃんというのが意外だったりして……。
「んじゃ、そろそろ戻る準備に入るぜ?」
「ま、待ってください!その前に……!」
 しかし、それからウリエル様が撤収プロセスに入ろうとしたのを、ジョゼッタさんが慌てて引き止めたかと思うと……。
「あん?」
「最後に、一つだけお願い出来ますか?わたし、熾天使(セラフィム)様の本気が見たいです!」
 力を振り絞るような声でそう告げるや、腰の天使剣の柄に手を添えた構えを見せて戦闘続行を訴えた。
「……いや、だから今の私達じゃ……」
「いいえ、滅多に無い機会ですし、これから目差す領域(レベル)を是非見ておきたいんです。今は指先一つで消し飛ばされても構わないので、どうかお願いします!」
 そこで、ただでさえ疲れているのにと止める私を拒み、ジョゼッタさんの方は不退転の気迫を滲ませつつ、断固とした口調で挑戦の言葉を続ける。
「おお、本気だねー。優奈ちゃんよりやる気満々って感じ?」
「いや、単に無謀なコトだと知ってるからなんだけど……」
「……だが、そーいうヤツは嫌いじゃねぇ。気に入ったぜ、何なら俺の弟子になるか?」
 すると、そんなジョゼッタさんにウリエル様は不敵な笑みを浮かべて受けて立ってしまうと、終了手続きの手を止めて改めてこちらへ向き直ってきた。
「いえ、わたしは心に決めた方がいますので。それに、熾天使様とはいえ男性の方に弟子入りするのはちょっと、ですし……」
「あはは、そらそーだ……」
 無碍にするのも勿体なかろうが、私も同居するのがウリエル様ならお断りしていたろうし。
「でもまぁ、ここはあたし達もジョゼッタちゃんに付き合うしかないんじゃない、優奈ちゃん?」
「……うーん、仕方がないか」
 正直、手酷い敗北を喫するのは目に見えているので、セラフィム・クエスト前に自信喪失してしまわないかが心配だったんだけど……。
「いいだろう。……んじゃま、一度だけ見せてやるから目に焼付けときな……!」
 ともあれ、観念した私達もジョゼッタさんに付き合い、彼女を中心とした陣形を取りつつ構えた後で、本気モードを宣言したウリエル様の眼力から殺気の宿った鋭い威圧が衝撃波の様にこちらへ放たれ、思わず足が竦んでしまいそうになる。
「こ、これが、熾天使と対峙した時の……!」
「…………ッッ」
(まだ、全然ダメ……か……)
 あれから幾分は神霊力も扱えて戦える様になってきたので少しだけ期待していたものの、やっぱりまだ対峙しただけで勝ち目が無いのを自覚されられてしまう私。
 ……ただ一つ違うのは、それでも何とか動けそうなコトだけど。
「さて、んじゃまずはお前らの全力から見せてみろ。俺の睨みでそのまま固まっちまって動けねぇってなら、資格不足でお開きだがな?」
「もちろん大丈夫です!では、全霊を込めて行かせていただきます……!」
 そして、ジョゼッタさんも気圧されつつ意地っ張りな部分がいい方に作用したのか、しっかりと自分の翼を広げて真っ向から受け止められていた。
「……はー、また補習の時に眠ってしまいそうだけど……」
 とにかく、もうこうなってしまったら退く道は無いと、私も最後の一撃に相応しい渾身の神術を放つべく、両手に残った神霊力を集めてゆく。
「んじゃ、今日の締めは連携攻撃の練習だね。いっくよー?」
「「おおおおお……ッッ!!」」

                    *

「……はー、まぁやっぱりこんなものかぁ……」
「ホントに、指先一つで消し飛ばされてしまいましたね……」
 やがて、予想通りといえばそれまでの結果を当たり前に突きつけられた後で、ほぼ同時に復活した私とジョゼッタさんは溜息を吐きながら反省会モードに入っていた。
「でも、連携自体は悪くなかったと思うよー?」
「うんまぁ、そっちはそれなりに手応えはあったけど……」
 まず、最初にリンネちゃんと私が二方向からありったけの神術で様々な形をした大量の弾雨を降らせ、相手の動きを止めた所でがら空きになった腹部を狙い、ジョゼッタさんが目にも留まらぬ鋭い踏み込みで渾身の一撃を叩き込んだ!……までは良かったものの、結局はどれも全く効いてなくて、「んじゃ、こいつがお待たせの本気だ……!」と、その名に「神の炎」という意味を持つウリエル様の両手から放たれた神々しくも猛々しい炎を前に、私達は技の全てを見届けぬうちに一瞬で焼き払われてしまった。
「……だから言ったでしょ?勝つとか負けるとか、そういう次元ですらないんだって」
「でも、技自体は完璧に入りましたから、あとはそれなりの装備さえあれば……」
「あはは、あたしジョゼッタちゃんのそーいう所は好きだなー」
「…………」
 ただ一つ違和感があるとすれば、もう精根尽きかけている私とジョゼッタさんに対して、リンネちゃんだけは全く変化が見られないってコトで。
 今日はずっと私達と同じ様に動いて、ウリエル様にも一緒に挑んだのに……。
「ん?じっと見てどうしたの、優奈ちゃん?」
「あ、ううん……」
 まさか、リンネちゃんだけあの攻撃に耐え切った?
 いや、いくらなんでもそんな……。
「……とは言え、いつまでも歯が立たなくて当たり前じゃ困るんだがな、優奈」
 しかし、疑心が芽生えかけたところで、ウリエル様から不意に水を向けられ我に返る私。
「確かに今は天使候補生用の翼だからどうしようもねぇのは確かだが、御剣(みつるぎ)候補のお前にかけられる期待で言うなら、俺なんかよりも遥かに上をいくハズだ」
「いやぁ、そう言われても……」
 愛奈ちゃんのお気に入りゲームで例えるなら、私とウリエル様じゃまだレベルが二桁くらいは余裕で違いそうなんですけど。
「では、やはりミカエル様の弟子の優奈さんは、将来の熾天使(セラフィム)候補なんですか?!」
「うんにゃ、こいつは熾天使(それ)どころか……」
 そこで、私に代わってジョゼッタさんが食ってかかったのを受けて、ウリエル様は何やら言いかけたものの……。
「……ま、どの道その時が来れば相応しい翼が与えられるから、今はセラフィム・クエストで勝ち抜くことだけ考えときな」
(……相応しい翼、ね……)
 結局はまたもお茶を濁されてしまったけれど、寄ってたかってみんな私に一体何を期待しているんだろう……?
「あの、それで参考までにわたしはどうですか?!」
「おう、お前さんも候補生にしちゃなかなかいいセン行ってるんじゃねーか?確かに剣に自信があると見受けられる鋭い踏み込みだったぜ」
 ともあれ、続けてジョゼッタさんが自分の評価を求めると、ウリエル様はこちらもなかなか好印象といったコメントが返ってきた。
「ほ、本当ですか?!」
「ああ。俺の見立てじゃ、今すぐにでも中級第三位(パワー)程度のオファーなら受けられるだろうよ」
「…………」
「あれからずっと数が不足してる層だし、さぞかし重宝されるだろうぜ……ってどうした?」
 しかし、そこから続けられた非情なる具体的評価に、またここへ最初に来た時の表情に戻るジョゼッタさん。
「いえ、あはは……まぁほら、現状が改めて分かったんだからここから頑張ろっか?」
「そうそう、伸び代は沢山あるんだしー」
「……はぁ……」
 まだ、ここからもう少しくらいはレベル上げしておく時間もあるだろうし、ね。

                    *

「ミカエル様ー、セラフィム・クエストで勝ち上がる秘策って何かあります?」
「……コツって言われても、私は参加したこと無いし、そもそも知っていたところで教えていいものかって問題があるかしら?」
 やがて、リンネちゃんやジョゼッタさん達と放課後の特訓に励みつつセラフィム・クエスト開始まで一週間を切った頃、一緒に晩御飯を食べながら何気なく尋ねてみた私に、ミカエル様は愛飲しているワインの入ったグラスを回しながら身もフタも無い言葉を返してくる。
「あーもう、熾天使(セラフィム)サマって面倒くさいなぁ……」
「加えて、理事長な私の立場も考えなさいな?まぁ殆どガブリエルに投げっぱなしだけど」
「あはは、結局のところは名誉職みたいなもんですか」
「実際、今負っている役目なんて殆どがそんなものだから。天使志願者へ翼を授けるのもだけど、天使軍の長として視察をして回ったり、纏められて上がって来る案件の了承をしたり、評議会からの要求を取り次いで実行命令を出したり……正直、私達というよりも熾天使という肩書きが仕事している感じかしらね?」
 そして、私からの皮肉交じりの言葉に、気負いが無いというよりも脱力した様子で他人事の様に答えてくるミカエル様。
「……もしかして、結構退屈してます?」
「大きな戦いの後はそういった平穏さが嬉しいものだけど、まぁ確かに張り合いは薄いかしらね。どの道これ以上出世できるわけでもないし」
「うわあ、聞く人によったらイヤミでしかない、頂点に立つ人ならではのカンジ悪い悩みだ……」
「ふふ、貴女も精々気をつけなさいよ?」
「……ミカエル様もですか。ホント、私にどんな天使になれっていうのやら」
「まだ、その時が来るまでは語るなという約束だから。ただ、まずはセラフィム・クエストを勝ち抜いて正式な天使になってからがスタートラインよ?」
「やっぱそうなりますか……まぁ全力は尽くしますけどねー」
 節々で聞こえた御剣というワードは気になりつつ、まだまだ雲を掴む様な感覚だけど、それでもリンネちゃんやジョゼッタさんの将来が懸かっているだけでも負けられない理由にはなる。
「……それで、あなたの方は一人前の天使になった後で何かやりたいコトはあるのかしら?確か、最初に逢った日に未練があるとは言ってたわよね」
「えっと、それは……」
 しかし、この話はこれでお仕舞いと流そうとしたところで、不意打ちで踏み込んだ質問を向けられて口ごもってしまう私。
「別に、言いたくないのなら無理には聞かないけど?」
「あー……えっと、出来れば守護天使になりたいかな、と」
 そこで、正直に答えるべきかどうかは少し躊躇した上で、私はおそらく誰かに告げたのは始めてとなる「望み」を遠慮がちに申告した。
 というか、守護天使への志願自体は決して後ろめたくないとしても、私の場合は……。
「守護天使?……もしかして、さる特定の人間の?」
「……う……はい……」
 そして、案の定その先に隠した本音も見抜かれ、一応事前の下調べでそれが基本的に出来ない相談なのが分かっている私は、視線を逸らせて小さく頷く。
 守護天使というのは、天使という存在が生まれた最初期からある、最も歴史の古い部類のミッションで、人間たちとの共存をはかりつつ“主”への信仰を集める為に、天界より天使が人間界へ降り立ち、選ばれた対象者が最も幸せな可能性未来を歩める様に助力や加護を与えるのだとか。
 一応、現在は希望者が激減して廃れてしまっているものの、廃止される心配は無いらしいのでそこは安心なんだけど、ただ……。
「なるほどね。貴女の抱えた未練とやらが繋がってはきたけれど、しかし……」
「……分かってます。自分じゃ指定は出来ないんですよねぇ……」
 守護天使ミッションは、原則として全ての天使が対象なので、私がいずれどんな地位の翼を得ようが始めるのに支障はないはずだけど、問題はその相手を決める際には「ラプラスの眼」と呼ばれる天使軍の情報処理システムを使ってマッチングされ、降り立つ場所や候補者がリストアップされるというルールの方だった。
「それでも、可能性はゼロじゃないから、それに賭けてみるって感じかしら?」
「あはは、もしくは何か抜け道があるかもしれませんし、ラプラスの占術ルーチンには魂の波長が大きく影響するとも聞きましたから、もしかすればと……」
 外見こそあまり似ていなかったものの、何せ私と愛奈ちゃんは両親や周囲から双子以上とも言われていたくらいの相性の良さだったし。
「やれやれ、無欲そうに見えて内心はなかなかの野心家みたいというか、ホント面白いコと引き合わされたものだわ。家事も料理もどんどん上手くなってきているし」
「えへへ、なかなかいい嫁になれそうでしょ?」
 それに、面白いヒトって意味だと、お互い様だしね。
 ……と、私も初めて守護天使になりたい希望を誰かに打ち明けられて気持ちが楽になったのもあり、普段よりも更に饒舌になってきたものの……。
「……でも、それも場合によればあと僅かな間だろうけど」
 しかし、そこから不意に冷静な口調へと戻ったミカエル様に冷や水をかけられてしまう。
「え……?」
「だって、一人前の天使になるまでの約束で預かったんですもの。来週からのセラフィム・クエストで満足のいく結果が出れば、私の元からも卒業よ?」
「あー、言われてみればそうでしたっけ……」
 確かセラフィム・クエストって一ヶ月近くの日程で十回戦を超える長丁場とは聞いているけれど、早ければこの春にはミカエル様との同居生活も終わってしまうのか。
「寂しい?」
「まぁ、何だかんだで半年ほど同棲した程度の仲ですから、離れたら離れたですぐに新しい日常に慣れるかもしれませんけど……」
「ふふ、そうね……」
「ん〜だったら、今度は“友人”としてちょくちょく遊びに来てもいいですか?その時はまたこうしてご飯くらいは作ってあげますし」
 それから少しの間を置いた後で、同意しつつも少しばかり寂しそうな顔を見せてくれた独身のキャリアウーマン系熾天使様へそう続ける私。
「……ホント、馴れ馴れしいわね。私が誰だか忘れてない?」
「だって、案外に寂しがりやさんなのが分かった上に、私達は似たもの同士みたいですし……」
 既に、私達はお互いに裸を見せ合ってしまっている仲でもあるワケで。
「ま、そういう皮算用は結果が出てからにしなさいな。その時はまた相談に乗ってあげるから」
「了解ですー。あはは」
 ……そもそも、最初にこちらへ弱みを晒して踏み込んできたのは貴女の方ですから。

第六章 開幕

 自分がこちらに来るまで知り得なかった事実は幾つもあるとして、とりわけ驚かされたのは、「世界」なんて一口に言っても実は無数に存在していて、中でもかつて私が最愛の妹である愛奈ちゃんと一緒に住んでいた人間界は、特に多くの別世界と繋がっていたという事だろうか。
 そのうち、特に関わりが深い異世界といえば、通称で天国と呼ばれていた天界と、それに対して地獄と同一視される魔界で、実は普段から人間界はこの二界からの干渉を常に受けていて、例えば人が死んだ際に通常は同じ世界で次の命に生まれ変わるのが、その積んだ徳やあるいは罪によって輪廻の円環から外れて魂が天界や魔界へと呼び寄せられる場合もあるみたいである。
 そんな天界と魔界は永遠に相容れない敵同士で、過去には熾烈な戦いの歴史もあり、それぞれが天使軍や魔軍といった兵力を増強し続けることでパワーバランスを保ってきていたものの、そう遠くはない昔に天界では熾天使ルシフェルの叛逆によって天使軍が敵味方で二つに分かれる大規模な内乱が勃発してしまい、企てこそ失敗に終わったものの、結果的に魔界の軍勢との均衡が崩れかねない程の戦力低下を招いてしまった。
 ……そこで、天界はなるべく早期に天使軍を立て直すべく、いくつかの手を打った。
 一つは、死後に“主”より天界へ招かれた、天使向けな輝きを持つ人間の魂をスカウトして補強すること。そしてもう一つは数の増強よりも質を重視し、能力の高い素材を無駄なく見出す事に重きが置かれた次世代型の天使育成施設であるエンジェリウムの設立と、更にセラフィム・クエストと名付けられた勝ち抜き型バトルイベントでの天使登用試験を催すことで、全体の底上げを図ること。
 らしいのだけど……。

「……く……ッッ」
「待て迂闊に動くな、崩されるぞ……!」
(あーもう、射撃はそんなに得意じゃないのに……ッッ)
 ともあれ、遂に開幕した今年のセラフィム・クエストでの二戦目、バトルロワイヤルでの勝手が分からずに、最初に遭遇した一人だけを倒して翼を拝借した後で、あとは逃げ回っていたら勝手に他の人達が潰し合って残ってしまった初戦に対して、今回は二つのグループに分かれ、瓦礫の物陰に隠れつつ天使銃での激しい銃撃戦が繰り広げられていた。
 今回の戦場になっているのは大昔の内乱で崩壊した天使軍の基地跡で、バトル開始直後に丁度中央にいた二人が撃ち合いを始め、更に彼らの周囲が次々と加勢していった為に、そこから自然の成り行きで一期一会のチーム戦の様相となってしまった訳だけど……。
「……あう……っ?!」
「おい、気をつけろ!頭に喰らったら一発でアウトだぜ?!」
「まぁ、それはそれで好都合だけどね。ふふふ……」
 やがて、自分の視線のすぐ横に相手チームの銃撃が着弾し、肝を冷やしつつ一旦隠れる私に、同じグループの親切な男の子と冷酷そうな女子生徒が声をかけてくる。
(冗談っ、まだこんなトコロでやられるもんですか……!)
 ……ともかく、セラフィム・クエストでも採用されている仮想戦闘ルールだと、相手を戦闘不能にした上で背中の翼を奪わないと決着にならないので、みんなが一箇所に固まってしまえば、後はこうやって集団で戦うしかない。
「……このお……っ!」
「ぐぁっ?!」
 やがて、お返しとばかりに私が連射した一発が前方で応戦していた敵チームの一人のヘッドへ奇跡的に命中するのとほぼ同時に、こちらも先ほど声かけしてくれた男子が撃たれ、天使の翼で身体を吊り下げられる様な態勢でその場に項垂れると、すぐさま近くにいた女子生徒が背中へ手を回して復活前に翼を回収し始めてゆく。
(うーん……)
 一応は友軍側のプレーヤーがやられた後で、何の躊躇いもなく戦友のトドメを刺す様な行為はなんだかなーと思わないコトもないものの、ただ離れて撃ち合っているこの状況じゃそうするしか人数を減らしていく方法が無いのも確かである。
「…………」
 ともあれ、私は見守るのもそこそこに戦闘を続行しつつ、初戦の前に受けたジョゼッタさんからの助言を思い出していた。
『いいですか?予選二戦目までは広めの戦場で十二人が同時に戦い、残り四人にまで減った時点で勝ち抜きです。一応、時間制限もあってタイムアップ時は奪った翼の数などの評価で決まりますけど、やはり敵を倒すより常に周囲を警戒してやられない方に全力を尽くすのがセオリーですね!』
『……ただ、覚えておいて欲しいのはこのバトルロワイアルがセラフィム・クエストで最も非情な戦いになるというコトです。努々油断しないように』
「ぐわ……っ!」
(……非情、ね……)
 そして、そうこうしているうちに目視出来る範囲でこちらが自分を含めて残り四人、相手は三人にまで減ってきているのを確認する私。
 つまり、全体であと三人が脱落したら終了という事になるけれど、ここからの選択肢としては四人がかりで相手を全滅させるのか、それとも……。
「うお……っ?!ちく……しょ……」
 と、考えるそばから私のすぐ近くにいた味方から更に脱落者が出て、これで三対三。
「ゴメンっ、こっちは手が離せないから、今のやられたコの翼をお願いできるかしら?!」
「あ、はい……!」
 それから、少し離れた場所で敵と激しく撃ち合っている女生徒に促され、私も慌てて戦闘不能になった体格のいい男子生徒の亡骸へ寄ってゆく。
(……とにかく、仕方が無い)
 ここで負けたら即終了なんだから、仲間や愛奈ちゃんの為にも躊躇うわけにはいかない。
 ……と、私は自分を割り切らせつつ武器を収めて言われるがままに手を伸ばしたものの……。
「…………ッッ?!」
 それから右手の指先を背中へ触れさせた瞬間、私に回収を促してきた女子生徒に銃口を向けられて咄嗟に飛び上がると、時間差で左右から数発の銃撃音が響いた。
(あ、危なかったぁ……?!)
 まさか、このタイミングで味方を裏切って人数調整しようとしてくるなんて……。
「ん……?」
 ただ、どうやら私を挟み撃ちにしようとした銃撃は、本来のターゲットの代わりにお互いを討ち抜いてしまったみたいで、結局はこちらの陣営は私だけが生き残った形になってしまった。
(は〜〜〜っ……)
 それを見て、深い溜息を吐きたくもなったものの、同時にもう何も考えるのが億劫になった私は三人分の翼を手早く回収していき、やがて向こうに残った三人からの攻撃も止まった中で回収を終えると、試合の終了を告げるジングルが鳴り響いてきた。
「……ったく、もう……」
 勝ち残ったのはいいとして、こんなので本当にいいのかと釈然としない気持ちで一杯だけど、これがセラフィム・クエスト名物の非情な潰し合いってコトですか。
「…………」
 ラファエル様の話によれば、今の育成・登用方法になって激しい競争の中で個々の能力は過去の水準と比較しても飛躍的に高くなり、数は足りないとしても戦力は上がってきている、らしいんだけど……。
(……でも、代償も大きすぎるよね、これ……)
 この、味方を騙まし討ちした二人が新しい時代の天使像となるのだけはご勘弁である。

                    *

「お、きたきたー。優奈ちゃんおつかれー♪」
「ほいほい、おまたせー……」
 それから、突破出来たのはいいもののすっかり心が荒んだ心地にさせられた二戦目終了後、先に勝ち残って教室で待っていた仲間と合流すると、リンネちゃんがいつもと変わらない無邪気な笑みを見せて手を振ってきた。
「それで、尋ねるまでもないでしょうが、首尾はいかがでしたか?」
「うんまぁ、ジョゼッタさんのアドバイスのお陰でなんとか……」
 続けて、私の負けなんて全く想定していない口ぶりのジョゼッタさんから水を向けられ、苦笑い混じりに答える私。
 ……確かに、あの咄嗟の回避は事前に非情な戦いになるのを警告されていたから反応出来たのかもしれないけれど、それはそれで結局は自分も騙まし討ちをしていた彼女達と同類だったのかもしれないという自己嫌悪も感じていたりして。
「そうでしょうとも。何せセラフィム・クエストの予選は経験がモノをいいますからね!」
 しかし、そんな私の暗澹たる気持ちを察する様子も無く、ジョゼッタさんは腰に手を当てて得意げに胸を張ってくる。
「頼もしいよねー。ほら、ジョゼッタちゃんを仲間に引き入れてよかったでしょ、優奈ちゃん?」
「うん、それは今さら否定するつもりはないけどね……」
 まぁ、リンネちゃんといい仲間のこういう能天気さが今の私には癒しかもしれない。けど。
「んじゃ、揃ったところでチーム申請にいくよー?」
「はーい……」

「……しかし、ちゃんと信じてはいましたが、それでも誰か脱落してしまうとここまでの準備が水の泡ですから、待つ間は冷や冷やさせられますよね……」
 それから、少し先となる次戦に向けて管理局へチームメンバーの事前登録申請に向かう途中、ジョゼッタさんが肩を竦めつつ、無事に乗り切ったからこそ言えるセリフを向けてくる。
「私は目の前の戦いに必死でそんな余裕なんて無かったけど、みんなはどうだったの?」
「あたし?あたしはふつーかな」
「わたしはもちろん余裕の圧勝です!」
(二人とも強いなー……)
 ジョゼッタさんに関しては半分くらい強がりなのは分かるものの、リンネちゃんの方は全く読めないというか、セラフィム・クエストに一緒に参加することになってからますます謎めいてきているような。
 ……まぁ、元々いつもニコニコするばかりで感情を露にするのを見たコトも無いんだけど。
「でも、メンバー全員がバトロワで勝ち抜けるのを前提にしたチームを組んで準備しておくって、ある意味賭けみたいなものよね?実際そんなに上手く行く確率って高くはないと思うし」
「ええ。……ですから、メンバー選びは非情にならなきゃいけない時もあります」
「……うん。優奈ちゃんを待ってる間に聞いたんだけど、ジョゼッタちゃんは前回それで泣く泣く一緒に入学してきた幼馴染みさんを見限ったんだって」
 そして、今度は珍しく物憂げな表情を見せて答えてきたジョゼッタさんへ、リンネちゃんが神妙ながら淡々と補足してきた。
「へぇ……それで、そのコはどうなったの?」
「……案の定というか、初戦であっさり落ちてました。それ以後は連絡も取っていないですけど、まぁ今回もダメでしょう。続けるのは自由ですが、わたしとしてはさっさと諦めた方が本人の為と思ってますし」
「そっか……」
「まぁ、そんなものです。候補生には誰でも志願できますけど、卒業試験を勝ち抜いて正規の天使になれるのはほんのひと握りだけですから」
「割合的に言うなら、百人中で三人くらいだもんねー?ただ、合格ラインを超えても出直して上を目指す人ばっかりだから、卒業する人は更に減ってくるんだけど」
「当然です。配属後に下級から中級、あるいは中級から上級へ上がるハードルは限りなく高いと聞きますので、ここで妥協してしまうと一生後悔することになるかもしれませんし」
 それから、「そもそも下級や中級の第三位なんてのは、ギリギリまで粘ったけどダメだった人がなるものですから」と付け加えるジョゼッタさん。
「んー、そういうのも踏まえてのチーム選び、か……」
 うちはそのまま成り行き任せの仲良しさんチームだけど、まぁ確かに常時ギスギスピリピリもしているワケだよね。
 単にライバルというだけではなくて、このセラフィム・クエストに備えて一時でも仲間になれそうな相手を探して互いにシビアな視線で見極め合っていたんだろうから。
「とにかく、優奈さんにはいずれミカエル様の弟子の座を明け渡してもらうつもりですが、まずは高次元で競い合える所まで共に行きましょう。最低ノルマは二戦突破ですけど、そんなものは通過点に過ぎません!」
「りょーかい……。私にだってやりたい事はあるから、行けるところまでは行くつもり」
 いずれにしても、ここからは気心知れた味方と組んでのチーム戦が続くから、勝っても負けてもさっきみたいなイヤな思いをさせられることもないだろう。
 ……いや、心からそう願いたかった。

                    *

「は〜〜っ……まいったなぁ、こうくるとは……」
 やがて、チーム戦の初戦を順当に突破した後の、天使軍採用ラインである大きな区切りを迎えた二戦目、開始と同時に不気味に静まり返った神殿の回廊に投げ出されていた私は、周囲に気を配って慎重に移動しつつ唇を噛み締めていた。
 闘技場ステージでの前回バトル時は一ヶ月間たっぷりと訓練を積んだ成果が遺憾なく発揮されて相手を圧倒していたのもあり、このまま乗っていけるかもと意気込んで挑んだ大事な試合だったものの、まさかいきなりバラバラにされてしまうとは。
「あはは、完全に出鼻をくじかれた感じだねー?」
「笑い事じゃないでしょ……お陰で今回はほぼ運任せになった様な」
 それでも、そこからすぐ近くにいたリンネちゃんとは無事に合流出来たんだけど、ジョゼッタさんの行方が不明。
 ……それと、未だ対戦相手とも鉢合わせていないのが不気味で嫌な予感もしていたりして。
「ね、優奈ちゃんって運はいい方だと思ってる?」
「うーん……何だかんだで悪い方とも思ってはいないんだけど……」
 愛奈ちゃんという、自分の全てを捧げても惜しくはない相手の姉として生まれたのは最高に幸運とも言えるんだけど、ただ死因が死因だしなぁ……。
(いやいや……現実逃避してる場合じゃないから……)
 とはいえ、今回の戦場は迷路の様に入り組んだ通路に数多くの広間が四方に繋がっていて、敵味方合わせて六名しかいない戦いの割に妙に広い。
「ね、そういえばリンネちゃん、ここってどんな場所なのか知ってる?何か神殿っぽいけど、むしろ参拝者を困らせようともしている様な……」
「ここは、まだ地上から伸びてた頃に使われていたエデンの塔入り口へ続く回廊だよー。迷路っぽい構造なのは招かれざる者の進入を防ぐためで、昔の内乱で攻め込まれた時には同士討ちを多発させたみたい」
「あー、やっぱり意図的に迷いやすく作られているのかぁ……困った……」
 となると、ますます仲間探しが困難になる予感しかしないけれど、ただこのロケーションが選ばれたのにも、おそらく何かしらの意図はあるはず。
 ……例えば、今は天使登用試験の最中なんだし、何かを試されていると考えれば……。
 散り散りにされて位置も分からなくなった戦場で、仲間を素早く見つける能力?……うーん。
「……ね、優奈ちゃんって人間だった頃に“運命の赤い糸”って言葉は信じてた?」
 ともあれ、それから闇雲に進みつつ脳みそをフル回転させていた中で、リンネちゃんから不意打ち気味に水を向けられる。
「え?あ、うん一応はまぁ……それがどうかしたの?」
 繋がっていて欲しい相手もいたし、家庭科の宿題で編み物とか裁縫をやっていた際には愛奈ちゃんと赤色の糸を結びつけて遊んだりもしていたっけ。
「……だったら、見つけられるんじゃないかな?同じチームという運命共同体になったコトで、今はジョゼッタちゃんの魂も優奈ちゃんと繋がってるはずだよ?」
「いやいや、都合がいいから信じていただけで、ホントに見えてたワケじゃ……」
 ……と、自分から必死に反論するのも悲しいけれど。
「ううん、こういうのは信じる気持ちがまず大事だから。きっと、今の優奈ちゃんなら仲間の魂の波長に気付くと思う」
「と、言われても……」
「ほら、たとえば今は側にいるあたしの存在を感じられてるでしょ?そんなカンジで探してみて」
「ふむ?……うーん……」
 何だか理解出来た様な、そうでもないかも、だけど……。
「…………」
 とにかく、私は一旦立ち止まると、両眼を閉じてジョゼッタさんを強く意識しつつ、気配が繋がっていそうな方角を探ってみる。
 まだ姿は見えないけれど、必ずこの回廊内のそう遠くはない何処かにはいるはずだし……。
「…………」
「…………」
 あ……。
「どう?見つかった?」
「……言われてみたら、あっちの方に気配を感じる様な……」
 すると、程なくして何となくだけど今向いている北東辺りからジョゼッタさんの幻影が見えた気がする私。
 とはいえ、ただの直感というか思い込みなだけなんだけど……。
「うん、そうだね。……あと急いだ方がいいかも。その近くに纏まった別の気配も感じるよ?」
 すると、そんな私にリンネちゃんは真面目に頷くと、その方向へ視線をやりつつ聞き捨てならない言葉も続けてくる。
「うそ?!まずいじゃない……っ!」

                    *

(……うわ、ホントにいた?!)
 それから、半信半疑でも立ち止まっていられない衝動の赴くがままに奥へ向かってみると、やがて入り口が一つだけの袋小路となった大広間を見つけ、更にその中央付近で本当にジョゼッタさんの姿を確認することが出来た。ものの……。
「はぁ、はぁ……っ、く……っ、姑息な……!」
「“こんな”戦いで相手の得意なやり方に合わせろって方が図々しくない?ジョゼッタ」
「んー、囲まれてるね……?」
「ぐっ、あ……っ!」
 同時にリンネちゃんの予感も的中で、何やら馴れ馴れしく名前を呼ぶ華奢で小柄な、しかし可愛いらしくも刺々しい気配を振りまく女の子を筆頭に敵チーム三人に取り囲まれ、間合いの外の三方から銃撃と追尾する光線の様な神術での時間差攻撃を浴びせられ続け、ジョゼッタさんは天使剣で懸命に防ぎながらの防戦一方となっていた。
 さながら、まるで追い込んだ獲物をなぶり殺しにしようとしているかの様相。
(ちょっ、まずいじゃないの……?!)
 どうやら、相手の一人はジョゼッタさんの知人みたいだけど、とにかく今すぐ助け……!
(え……?)
 しかし、いてもたってもいられなくなった私が飛び出そうと銃を構えたところで、リンネちゃんに肩を掴まれて止められてしまう。
「まって、優奈ちゃん……このまま乱戦になったらどうなるか分からないから、慎重にいこ?それに、相手はジョゼッタちゃんをすぐに倒す気はないみたいだよ?ほら……」
「く……っ、なぶり者にして楽しんでるつもりですか!後で必ず後悔……ぐっ?!動けな……」
 そして、更に耳打ちされて再び視線を広間の方へ戻すと、真正面から対峙するリーダー格らしき女子生徒が、突き出した右手のそれぞれの指先から蒼白く発光する細長い光線を大量に発生させて、ジョゼッタさんの両腕を縛り付けてしまった。
「ふふ、気丈なトコロは相変わらずだけど、三人相手じゃどうにもならないみたいね?……会いたかったよ、ジョゼッタ」
「……バトル前に名前を見た時は一瞬だけ固まりましたけど、こんな所で鉢合わせするとはやはり腐れ縁ってことですか?アネモネ」
 そして、追い込まれた後に旧友との再会を喜ぶ様な馴れ馴れしさで語りかけられ、ジョゼッタさんも真っ直ぐ前を見据えて相手の名を呼ぶ。
「天使なら“主”の思し召しと言うべきでしょう?……これは定められた運命なの。罪深い欲張りさんが、天罰としてここで敗れ去るのがね」
「アネモネ……!」
 それから、アネモネと呼ばれた相手が冷酷な笑みを浮かべてそう続けると、初めてジョゼッタさんの表情も紅潮してゆく。
「……ああ、ずっとその顔が見たかった。アナタが私を捨てたあの時から」
「…………!」
 って、まさかあの子はチーム申請に向かった時に言っていた幼馴染み……?
「……なるほどー、だからこちらより先に見つけて取り囲めちゃったんだ?やるもんだね」
「もう、暢気に言ってるばあ……」
 そこで、合点がいったとばかりに感心するリンネちゃんへ、私の方は焦りを募らせつつ苦笑いを返そうとしたものの……。
「…………。それにしても、“天罰”かぁ……」
 それから、いきなり真顔に戻ってぽつりと呟くリンネちゃんから、一瞬だけど押し殺したような威圧を感じて、言葉が止まってしまう私。
(リンネ、ちゃん……?)
「……それでも今思えば、あれは大きな転機だったわ。初戦であえなく破れ、ずっと一緒だと信じていた幼馴染には素質が無いから諦めろと冷たく突き放されて」
「その怒りと意地だけで、ここまで来たと?」
「ええ、なかなか立派なものでしょう?……それに比べて貴女はどう?ミカエル様の最初の弟子になったという編入生のコを妬んで喧嘩を売って返り討ちにされた挙句、プライドも捨てて擦り寄っているなんて」
(うーん……)
 まぁ解釈はそれぞれとしても、ただこちらまで痴話喧嘩に巻き込まないで欲しいんですが。
「……まだ星の上では彼女とは互角です。それに、擦り寄ったのは彼女とならば共に高みを目差せると思ったからですし。どこかの誰かさんとは違ってね?」
「………ッ!」
 しかし、それでもジョゼッタさんはいつもの意地っ張りを崩さないまま逆に手痛い反撃の言葉を返すと、アネモネさんの表情が一層険しくなったものの……。
「ねー、もういいでしょ?他の仲間が合流してこないうちにさっさと片付けよ?」
「……分かってる。このまま押さえつけとくから仕留めちゃって」
 そこからウンザリした様子で口を挟んできたチームメイトに諭され、すぐに冷静さを取り戻して素っ気無く頷いた。
(やば……!)
 もう、悠長に見てられなくなってきた。
「……うーん、ここは可哀想だけどジョゼッタちゃんがやられてしまった直後に不意を突いた方がいいかな?上手く行けば総崩れを狙えそうだし」
「そんな……」
 確かに、戦術上はそうかもしれないけど……。
「…………」
「……ごめん……っっ!」
 だけど頭では理解していようが、どうにも受け入れられない私はリンネちゃんに短く謝るや、躊躇いなく一目散に飛び出して天使銃を乱射してゆく。
「な……ッッ?!」
「優奈さん……?!」
「しまった、モタモタしてる間に追いつかれ……っ!!」
 果たして、奇襲は成功して敵の三人の注視がこちらへ向いたのを見て……。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……ッッ」
(天使剣よ、呪縛を断ち切る力を宿して……!)
 敵が慌てて身を翻した隙を突き天使剣に持ち替えると、この一ヶ月で扱い方にもすっかり心得てきた(つもり)の神術を刀身に込め、仲間を拘束する光線を断ち切った。
「く……っ、もうここまで来ていたなんて……!」
「……ふー、何とか間に合ったけどご無事で?ジョゼッタさん」
「まったく、遅いですよ。……というか、このタイミングで助けに入るくらいなら、わたしが倒された後の回収の隙を突いた方がよかったのでは?」
「これでも、奇跡的な速度で追いついた方だったし……それに、そういうのはイヤだったから」
 それから、あまり意味のない無事確認にジョゼッタさんがいつもの強がり込みの悪態混じりでリンネちゃんと同じセリフを言ってきたものの、私は迷いなく却下してやる。
 たとえ、これは幾らでも生き返らせてあげられるゲームに過ぎないとしても、それじゃ天使らしく護ったとは言えないから。
「今回は奇麗ゴトを言える戦いじゃないってのは、何度も注意しませんでしたっけ?」
「……ゴメン、知ったこっちゃない」
 生憎、私はそんな出来損ないになりたくて神と契約を交わしたんじゃないので。
「身勝手なものですね……。まぁ、戦闘不能回数は最終評価に響くのでいいんですけど」
「ふん、それ以前にノコノコと飛び込んできて、三対二で戦うつもり?」
(……あ、この人達、こっちも三人揃っているのを想定してない……?)
 案外に迂闊そうなのが助かったというか、だったら後は二人で注意を引きつけてリンネちゃんに奇襲をかけてもらえば……。
「残念でした〜♪こっちもちゃんと揃ってますよー?あはは」
 ……と思ったのも束の間、それから何故かリンネちゃんまでわざわざ敵に囲まれている私達の前にひょっこり姿を現したりして。
「リンネちゃん?!どうして……」
「だって、優奈ちゃんは状況を生かした戦術なんかより神の思し召しに委ねた運試しがやりたいんでしょ?……いいよやろっか、泥沼の戦い」
 そこで、ナニ考えているんだと言わんばかりの視線を集中させた私たちへ、涼しい顔でそう告げてくるリンネちゃん。
 ……もしかして、いうコト聞かずに飛び出したのを少し怒ってる?
「……えっと、あなた達、まさかジョゼッタが囲まれていた時から気付かれていない場所で見ていた癖に、二人とも飛び込んできちゃったってこと?」
 すると案の定というか、状況を把握したアネモネさんまでもが開いた口が塞がらないといった様子でツッコミを入れてきたりして。
「まぁ、そうなりますかね……。わたしも完全に想定外ですけど」
「それが、共に高みを目差せるといった仲間……?」
「……紙一重ですけど、誰かさんよりかは、ね」
「そんな……どうして、ジョゼッタ……?!」
「答えなら、すぐに出ると思いますよ。……さ、構えましょうか」
「それに、アネモネちゃんにはちょっとばかりお仕置きが必要みたいだし」
 それから、いよいよ交戦かと身構えたところで、その前にアネモネさんへ向けてさっき一瞬だけ見せた威圧を再び纏いそう告げるリンネちゃん。
「え……?」
「まだ資格も無い候補生なのに、神の代行者を騙る者にはペナルティを与えなきゃねー?」
 そして目が笑っていない笑顔を浮かべてそう告げると、戦闘開始の宣言代わりに振り上げた手から雷の神術を広間に乱舞させてきた。
「……ひいっ……ッッ?!」
「ちょ……ッッ?!」
 というか、諸刃の剣っぽいんですけど……っ?!

「はぁぁぁ……光竜よ躍れぇ……ッッ!!」
 やがて、リンネちゃんの激しい天罰が本来のターゲットじゃない取り巻き二人へてきめんに効いたお陰で速攻で片付けることが出来た後に、残ったアネモネさんはジョゼッタさんに任せることになったものの、その水入らずの対決も決着の時を迎えようとしていた。
「…………」
 アネモネさんは最後の切り札として、先ほど相手を拘束した神術の強化版と言うべきか、蛇と龍が合わさった様な、やや禍々しい形をした大量の光線を取り囲ませて一気に仕留めようとしてきているみたいで、対するジョゼッタさんの方はおそらく一点の突破口を見出そうとしているのか、天使剣の柄に手を当てたまま敢えて動かなかったものの……。
「終わりよ……!私は今こそ貴女に……」
「……そこ……ッッ!!」
 程なくしてジョゼッタさんは蛇が一斉に喰いついてくる直前のタイミングで前方へ飛び出すと、身体を横回転させつつ猛攻を掻い潜り……。
「ぐ……っ?!そん……な……」
 瞬く間にアネモネさんの懐へ飛び込むや、対応不能な疾さで居合い一閃を決めてみせた。
「正直、こんなチカラを身に付けていたとは、少しばかり侮っていましたか……」
「やっぱり……私は天使には届かない運命なの……?」
「……まぁ、あと三回は挑戦できますし、今回は少しばかり天運に恵まれなかっただけと思えば」
「けど……待ってては、くれないよね……?」
「歩みを止める気はありません。……ずっと一緒だった幼馴染を見捨てた分も背負ってますから」
「……うん……」
 そして、至近距離での必殺の一撃を受けたアネモネさんが寂しそうな笑みを浮かべて意識を失うと、ジョゼッタさんは神妙な表情で敵チームの最後の翼を回収してゆく。
「ふぅ、何とか今回も勝てた……でも、なかなか健気なコだったよね?」
「それでも、感情的になり過ぎたりツメが甘かったりと、やっぱり向いていないと思います」
 その後、完全に決着がついたのを見計らって私がアネモネさん、いやアネモネちゃんの印象を語ると、ジョゼッタさんは天使剣を鞘に収めつつ素っ気無く言い放った。
「んー、そうかな……」
 ……むしろ、私に言わせれば出世欲ばかりで心が無機質になっている多くの候補生達なんかより、よっぽど天使になるべき人材だと思うんだけど。
「とにかくみんなお疲れー。これで天使軍の採用ライン到達だけど、戻ったら祝杯あげる?」
「いえ、前にも言いましたけど、こんなものは単なる通過点、いえむしろ本番のスタートラインへ立ったに過ぎませんから」
 ともあれ、それからすっかり機嫌も直っていたリンネちゃんが無邪気に労ってくるものの、またもつれなく言葉を返すジョゼッタさん。
「私も、ここらでちょっと一息入れたいから……んじゃ、二人で行こっかリンネちゃん?」
 常時張り詰めてなきゃ気が済まなさそうな人は、この際放っておくとして。
「うん、そだねー」
「……いえ、ならばわたしも付き合いますけど。そして英気を養ってサクっと次の一戦も突破してしまいましょう!」
 そして、リンネちゃんも同意して話が決まったかと思えば、結局はジョゼッタさんも仲間外れはゴメンだとばかりに参加表明してきた。
「はいはい……」

                    *

「……とまぁ、これでようやく候補生から天使にはなれたんだけど……はー……」
 やがて、エデンの塔最上階での回想上映会も区切りのいい頃合まで消化した所で、映し出していた映像(ビジョン)を一旦止めた私は、当時の心境を思い出して再び溜息が漏れる。
「ふむ、無理をまかり通して、あの短期間でそこまで辿り着いただけでも流石と言わざるをえないだわさな。……ただ、やっぱりその溜息の意味は謎だわさが、何か不満でも?」
「んー、やっぱりだわさちゃんにも分からないかぁ……」
 しかし、既にそのヒントは見せてきたはずなのにイマイチ伝わってはいないみたいで、もう一度溜息を吐きそうになる私。
 改めて見れば、それなりに楽しくやっていたかもしれないけれど、それでも何ていうか……。
「だわさちゃんはやめるだわさ。それより、既にセラフィム・クエストも折り返し頃だろうに、この時点では未だ数多くいる天使候補生の一人という印象だわさな?」
「……うんまぁ、まだ私自身もこの時は一生懸命やるだけやって、途中で負けたなら負けたで仕方が無いかってつもりでやってたし」
 何とか勝ち進んではいたものの、“覚醒”という言葉とは程遠いと言いますか。
「成る程、どうやらここからが本題に入るらしいだわさな?」
「正直、あまり思い出したくもないんだけどね……」
 そこで、こちらの気も知らず興味津々な視線で続きを促してくるだわさちゃんに、私は本音をぼやきつつ指先をちょちょいと動かして、渋々ながら一時停止を解除してやる。
「…………」
 ……そう、順調に進んで個人同士の本戦へと入る直前に、私が今の天使に心底失望してしまった出来事なんて、ね。

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